コラム集

   
  第1回「体験」踏まえた提言(「医薬経済」03年11月15日号)
   
   

◆水槽ごと消失してしまう時代

 サラリーマンは、安定した職業の代名詞だった。そんな神話が、崩壊しつつある。企業の合併は、もはや驚くほどのニュースではなくなった。企業は競争に勝ち抜くために、拡大再編しなければならない。
 企業が合併すると、余剰人員が生まれる。どんな大樹でも、広げた枝の面積には限度がある。かくして、はみ出し社員が生まれる。私も56歳のときに、あふれ出てしまったひとりである。
 押しくら饅頭という遊びがあった。押し合いへし合いしているうちに、誰かが集団のなかから飛び出してしまう。敗北者には、戦線復帰は適わない。しがみつくのも地獄。はみ出してしまうのは、もっと地獄だ。企業は押しくら饅頭の時代に、突入しはじめている。
ヒラメという魚がいる。上だけしか見られない位置に、目がついている。ヒラメは企業という水槽のなかで、上ばかりを見続けて延命をはかる。これまでは、水槽のなかは安住の場所だった。ところが、いまでは水槽ごと消失してしまう時代である。
 合併、倒産、リストラにより、ヒラメの居住空間はあっという間に崩壊してしまう。IT武装をした縦割りの官僚的構造は、疲弊しつつある。替わって注目されているのが「知」の活用、いわゆるナレッジ・マネジメントなのである。
本連載では、私が関与したSSTプロジェクトを含め、「営業ナレッジ・マネジメント」を紹介したい。『暗黙知の共有化が売る力を伸ばす』(プレジデント社・02年)、『なぜ部下は伸びないのか』(かんき出版03年)をお読みいただいた読者には、少し重複する部分もあろう。本連載では独立後の新しい体験を交えて、ホットな話題を提供したいと考えている。
 
◆日本ロシュの名前が消える

 勤続30周年の表彰を受けた。創立70周年の記念品が配布された。会社は、順調に伸びていた。しかし自分自身の「定年」が、少しずつ間近に見えるようになってきた。製薬企業の合併劇が、新聞をにぎわすようになっていた。
 そんなときに、突然「合併」が宣告された。ロシュ・グループが中外製薬を傘下に入れた。当然のごとく、日本ロシュと中外製薬は統合される。存続会社の社名は、中外製薬になるとのことだった。
 日本ロシュの名前が消える。合併よりも、そのことの方がショックだった。衛星テレビでは、社長が「チャンス」という言葉を繰り返した。何がチャンスだ、と思った。
 営業職以外は、統合と同時に半数が余剰人員となる。そんな計算は、だれにでもできる。チャンスどころか、大変なピンチであった。社長の声が白々しく響く。
 当時、私は人財開発グループのナレッジ・マネジメント担当マネージャーだった。上司から、合併後の内示が言い渡された。先方は、ナレッジ・マネジメントの早期導入は考えていない。子会社なら、今まで通りのことはできる。
 子会社から、全社へ波及させるナレッジ・マネジメント。どう考えても、不可能なことだった。残留と退職。ヤジロベーが、微妙に揺れ続ける。
 早期退職制度が待ち構えていた。該当者リストのなかには、私の名前もあった。辞めようと思った。新聞の求人広告が、気になりはじめた。56歳。そんな年齢を、受け入れてくれるところは皆無だった。ヤジロベーが残留に傾く。
 
◆自らを採用することにした

 波間に漂う一艘の舟。まだ迷っていた。決心がつかないのだ。合併経験のある製薬会社を訪問することにした。2つの企業が融合するための、ヒントがほしかったのだ。どの会社も親切に、しかも正直に対応してくれた。すでに立ち上げられていた統合準備メンバーへレポートを開始した。
企業風土の違いに戸惑うのは、1年間ほど。処遇面や適材適所が整うのは、2年後くらい。「元__会社の社員」「うちの会社では」などの言葉はタブー。社員には、リーディング会社としての自覚が生まれる。飲み込まれた企業から、退職者が続出した。
 私はそれらの話を、提言という形で報告した。たくさんのプロジェクトを作り、両社の融合を促進すべき。合併前に「用語辞典」を作成すべき。人事部門は支店を回って、MRにまで気を配るべき。
 すべての提言をまとめ終えたとき、私の決意は固まった。辞める。行ったところで、新会社に貢献できる役割はない。SSTプロジェクトの経験を、活かせる道を探ろう。きっと拾ってくれる会社はある。
 早期退職制度に、手を挙げた。32年間勤めた会社を去り、新天地を求める行脚がはじまる。56歳という年齢がネックとなった。2社打診したが、いずれも受け入れてくれなかった。
 仕方なく会社を設立し、自らを採用することにした。なけなしの退職金を投入し、ナレッジ・マネジメントの実践をビジネス展開することにした。
本連載では、4つの視座から書いてみたい。
第一に、MR、営業リーダー、営業所長時代の現場体験である。上司は現場へ出ようとせず、「売れるまで帰ってくるな」とあおり続ける。本社からは、現場とかけ離れた指示が出される。どうしたら、現場と本社がつながるのか。営業リーダーはMRのために、何をなすべきか。そんな視点から、ナレッジ・マネジメントを解き明かしてみたい。
 次に、学術企画部長および営業企画部長としての本社経験。学術企画部長のときは、プロダクト・マネージャーとともに製品企画を立案した。営業企画部長のときは、営業部全体の戦略立案や環境整備を行った。本社が現場とどう連携すべきか。現場の「知」をどう集約し、いかに現場へと波及させるのか。現場で活用されないナレッジ・データーに生命を与えるノウハウ。そのあたりを紹介してみたい。
三番目は、SSTプロジェクト事務局長としての体験である。SSTプロジェクトを通じて、現場と本社をつなぐ方法を体感した。あたり前のことを、あたり前にできるMRの育成。それを実現するためには、上司の現場同行しか方法はない。営業リーダーが、MRのレベルアップのためにやるべきこと。「営業ナレッジを結集する」とは何か、についての実体験を説明したい。できるだけSSTプロジェクトを普遍化した形で、紹介するつもりである。
 そして最後は、独立してからさまざまな企業と交流して学んだ知である。こんなにすばらしい方法があったのだ。もっと早くに、「社外知」に関心をもつべきだったと後悔した。この体験は、営業リーダーの「自己革新」という切り口で説明したい。

   


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