コラム集

   
  第3回:ナレッジMRの育成(「医薬経済」03/12/15号)
   
   

◆ホワイトカラーとブルーカラー
 いまから四半世紀前、私はMR(当時はプロパーと呼ばれていた)だった。どうしてもMRをやってみたくて、希望を出し続けた。実現したのは、33歳のときである。新人MRと、半年間の導入研修を受けた。
 それまでは、MRとは正反対の購買課に勤務していた。良質の原材料を、安く購入するのが使命だった。
 くる日もくる日も、さまざまな業種の営業担当者との面談に明け暮れた。いろいろな営業担当者がいた。押しの強い人。実直な人。必ず手土産を持参する人。帰りに次回のアポイントメントを取る人。
 そうした人たちと接するうちに、反対側に座ってみたくなった。自分でも顧客に、自社製品のすばらしさを訴求したくなったのだ。
 MRは実力の世界。内勤職が限りなく平凡な毎日なのに対して、営業職は毎日が勝負の世界である。自分の力を確かめてみたかった。
 最近の小学校の運動会は、着順をつけないらしい。一等賞も二等賞もない。これは内勤職と似た世界である。それがたまらなく嫌だった。
 当時の仲間は、「なぜ、わざわざブルーカラーの道を選ぶのか」と言った。この時代には、根強く「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」の色分けが残っていた。いまでは、死語になっている呼称である。
 営業職が「ブルーカラー」なのかどうかの議論は別にして、最近はブルーカラーを「ナレッジワーカー」と呼ぶようになった。「ナレッジワーカー」とは、「自ら調査をし、計画を立案し、それを実践、検証できる人」のことである。
 これまでの企業はホワイトカラーが情報を集め、戦略を立案していた。つまり間接部門(内勤者)が、中心に回っていた。
ところがIT化が進んだ現在は、情報を一手に握る人の価値は希薄になった。
ナレッジワーカーという言葉が生まれたのは、個人にフォーカスが当たりはじめたからに他ならない。

◆ナレッジMRの育成
 日本ロシュの経営企画室時代に、「ナレッジMRの育成」(矢野経済研究所『2002年版MRは変わる』)という論文を書いている。「ナレッジMR」とは、自立したMRのことである。
 MRは生命保険会社のライフプランナーのように、独立経営者を目指すべきである。そんな思いが論文を書いた動機だった。
 ライフプランナーは、フルコミッションで会社と契約している場合が多い。稼ぎが悪かったら、たちまち実入りが少なくなる。やればやるほど、収入は増える。
 MRはライフプランナーと違い、会社から給料が支給される。もちろん、努力すれば、ボーナスや昇進昇格に反映される。形こそ違え、MRとライフプランナーは、結果的には同じ報酬を受けるかもしれない。
 ところがMRとライフプランナーには、決定的に異なる点がある。自己投資率だ。ライフプランナーは、自らお金を出してセミナーや各種講座を受講する。つまり、自らを磨き高めるために、報酬の一部を投資しているのである。
 優秀なライフプランナーは、やがて独立して自分の会社を興す。MRにはこの道がない。営業リーダーや支店長などの、ライン職を目指すしか方法がないのである。
 MRがアウトソーシングされる時代になった。その先にあるのは、独立自営のMRであろう。ライフプランナーのように、専門領域を持ったナレッジMRが、製薬企業と個人の資格で契約を結ぶのである。
 たとえば、がん領域のスペシャルMRを抱える独立企業が誕生する。オフイスは札幌にあり、10名のメンバーを抱える。
抗がん剤メーカーの札幌支店と2年契約を結ぶ。もちろん全員が札幌を拠点として、がん領域に特化したMRなので人脈はある。
 こうした起業家を支援したい。製薬企業が必要なのは、地盤(担当地区の人脈)と看板(高い専門知識を持つMR)とカバン(競合品を含めた知識が詰まっている)MRなのである。何やら政治家と似てきてしまったが。

◆「知」は2種類存在する
 ナレッジ・マネジメントを実践するにあたり、知っておかなければならないことがある。
「知」には、2つのタイプがあることだ。氷山の絵を描いて、水面上にある部分は「顕在意識」、水面下にあるのが「潜在意識」とした説明をご存知だろう。
 氷山の水面下の部分は、圧倒的に大きい。つまり私たちの意識は、顕在化されている部分がちっぽけで、ほとんどが潜在化しているということである。
 「知」についても、同じことがいえる。
ナレッジ・マネジメントの世界では、顕在意識の部分を「形式知」といっている。文字や言葉として、表出されている「知」のことである。代表例は、マニュアルやデーターベースであろう。
 製薬企業では、「ベスト・プラクティス」や「コンピタンシー・モデル」を活用しているところが多い。これらはスキルやノウハウ(暗黙知)を、文字情報(形式知)としてまとめたものだ。
 もうひとつの「知」は、「暗黙知」と呼ばれ、潜在意識の部分に該当する。文字や言葉にはあらわしにくい「知」のことである。スキルやノウハウが代表例であり、私たちの「知」は、8割以上が「暗黙知」だと言われている。これも氷山の絵と同じだ。
 「形式知」は過去の知であり、組織的な知でもある。代表例のデーターベースやマニュアルは、いつでもどこからでも見ることができる。
一方「暗黙知」は現在の知であり、個人の知でもある。したがって、簡単にはアクセスできない。
 私たちは日常のなかでは、ごく自然な形で二つの「知」の交換を行っている。具体的な例を示してみたい。
・ゴルフのスイングをしてみせ(暗黙知)、仲間に真似をさせる(暗黙知)
・料理番組で先生の技(暗黙知)を見て、ポイントをメモする(形式知)
・本(形式知)を読みながら、重要な箇所を書き抜く(形式知)
・料理のレシピ(形式知)を見て、料理を作る(暗黙知)
 ナレッジ・マネジメントを企業に導入するに際して、この四つの例が均一に循環していなければならない。「ベスト・プラクティス」で考えてみよう。
・営業リーダーは、ベスト・プラクティスなかのスキルを部下にやってみせ(暗黙知)、やらせてみる(暗黙知)
・現場で実践した部下は、上手くいったポイント(暗黙知)を、会議で同僚に話す(形式知)
・同僚は話(形式知)の要点をまとめる(形式知)
・翌日、メモ(形式知)を思い出して、実際にやってみる(暗黙知)
 この循環がなければ、「知」のレベルは高くならない。いちばん大切なのは、「知の循環」の最初の部分だ。ここを徹底させることを、ぜひ考えてもらいたい。
次回は「知の循環」について、学問的な考察を試みてみたい。

   


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