コラム集

   
  第4回・知の循環を演出する(「医薬経済」0(4/01/01号)
   
   

◆ 知の根詰まり現象
 伝言ゲームという遊びがある。ひとつの文脈を隣の人に伝え、最初と最後の不一致を楽しむ。このゲームは人間の記憶力のあいまいさと、伝達のあやふやさを教えてくれる。
 伝言ゲームでは、情報が正しく伝わらない。それゆえ、企業内を大量の文字情報(形式知)が闊歩している。
 営業時代にうんざりしたのが、本社から大量に寄せられる情報の洪水だった。すべてをていねいに読む暇などがないほどの情報量だった。
本社の使命は、つつがなく営業現場に情報を届けることにある。ところが、営業の世界はそれらを熟読できないのだ。
企業はそのことを認識すべきである。MRが本社または支店スタッフに質問する。たちまち往復ビンタが返ってくる。
「きみは何を言っているのだ。そんなことは、通達に書いてるじゃないか」「マニュアルに掲載してあるから、自分で調べなさいよ」「イントラネットを見ていないの。とうに掲載しているのに」
 これが「知の根詰まり」の現状である。日本ロシュには、支店付営業企画室長という役職があった。
彼らは本社からの情報を一手に受け入れ、自分なりのやり方でMRに徹底をはかる役割だった。
 毎日30件から50件くらいの情報を、ハンドリングしていた。IT時代の人海戦術。これでは「知の循環」は起こりにくい。即時性にかけているのだから。
 独立してから、驚いたことがあった。情報伝達が職制を通じて、上から下へ、下から上へと手渡しで行われている企業があったのだ。社員の席には、立派なコンピュータが備え付けられていた。
「そんなことをしないで、一挙に伝えたらいいじゃないですか」
 私の提言に、苦笑交じりで答えてくれた。「決まりごとなので」

◆SECIプロセス
 ナレッジ・マネジメントを語るとき、いちばん難解なのが「SECI(セキ)プロセス」の部分である。
下表は「知の循環」を示す有名な図である。「知」は4つのプロセスにより、スパイラル状に高みへとのぼる。
 企業にとって大切なのは、この知識創造プロセスをいかに築き上げるかなのである。どの部分が欠けてもいけない。400メートルのトラックを、4人の走者がバトンでつなぐ。まさに、バトンリレーと同じ仕組なのが「SECIプロセス」である。
 製薬企業で盛んに導入されている「ベスト・プラクティス」や「コンピタンシー・モデル」などは、「SECIプロセス」の「表出化」(Externalization)に該当する。優れたMRのスキル(暗黙知)を、データーベース(形式知)とするのが「表出化」である。
 ところが、せっかくのデーターベースが活用されない。私が受ける相談のなかで、いちばん多いのはこの部分である。
「せっかく導入したベスト・プラクティスが、現場で活用されていないのですがノノ」
 これは「SECIプロセス」でいう、「内面化」(Internalization)部分が目詰まりを起こしていることによる。つまり、データーベースの構築の際、「SECIプロセス」の循環設計を怠ったことに起因しているのである。
 名人芸の移植。私が関与した日本ロシュのSSTプロジェクトは、「共同化」(Socialization)に特化したものであった。
 この部分からはじめると、「SECIプロセス」は循環しやすい。上司がMRと同行し、「やってみせ」「やらせてみる」。この方法は何もSSTの専売特許ではない。
 やらせてみてうまく行ったら、チーム内の他のメンバーに広げる。営業リーダーは、知のオペレーターなのである。

◆愛の貧乏脱出大作戦
 ぼんやりとテレビを観ていた。つぶれそうな店の、うだつの上がらない料理人三人が、行列のできる店へ修行に入る。
彼らを受け入れた達人は、基本から徹底的に指導を行う。達人にののしられながら、三人はひたすら料理の修業を続ける。「愛の貧乏脱出大作戦」という番組だった。
 しばらく観ていて、これだと思った。何と、難解な「SECIプロセス」の説明ができるのだ。説明してみたい。下表(註:割愛させていただきます)を見ながら、ストーリーをたどっていただきたい。
・共同化:三人は達人の技(暗黙知)を見て、自らがその技(暗黙知)に挑む。当然のごとく、うまくはゆかない。
・表出化:三人はその夜、達人の技(暗黙知)を思い出し、それぞれが料理の手順やポイントをメモ(形式知)にまとめる。何か忘れていることはないか。三人は自分のメモに不安を抱いている。
・連結化:三人はメモ(形式知)を見せ合い、話し合って完成度の高いひとつのメモ(形式知)を仕上げる。
・内面化:翌朝、三人はメモ(形式知)を頼りに、達人の技(暗黙知)に挑む。まだまだ達人の域には遠いものの、昨日よりは料理のレベルが上がっている。
 いかがだろうか。これで「SECIプロセス」は一回転した。こうして、「知」はレベルアップされるのである。
 私は大胆にも、この話を日本ナレッジ・マネジメント学会で紹介した。学問の世界が、爆笑の渦に包まれた。

◆ 支店長が猛反発した
 SSTプロジェクトの導入を決め、支店長会議で説明することになった。全国のトップMRを選抜し、約二年間SSTプロジェクトに参加してもらう。
 こう話した瞬間に、猛反発が起こった。予想していたことではあったが、すさまじいブーイングの嵐が巻き起こった。
「トップクラスのMRを引き抜かれて、売上が落ちたらだれが責任を取るのですか」
「生産性が上がる保証はどこにあるのか」
「支店長や課長では、MRのレベルアップができないということなのか」
 嵐を静めたのは、社長のひとことだった。
「数字は落ちても構わない。責任は私が取ります」
 こうしてSSTプロジェクトは出発した。個人知を組織知に変えるためには、どうしてもトップのリーダーシップが必要になる。SSTは、社長直轄のプロジェクトであった。
 SST成功の要因を質問されたとき、私はいつも次の二点をあげている。
本物のトップクラスをメンバーとして厳選すること。会社のトップのリーダーシップが大切であること。

   


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